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東京地方裁判所 昭和28年(ワ)7573号 判決

原告 昭和鉱石綿株式会社

被告 双洋貿易株式会社

主文

被告は原告に対し金拾七万円並に之に対する昭和二十八年六月十一日以降其の完済に至る迄年六分の割合に依る金員を支払うべし。

訴訟費用は被告の負担とする。

此の判決は仮に之を執行することができる。

事実

原告は主文第一、二項同旨の判決並に仮執行の宣言を求め、請求の原因として、原告は熱及び電気絶縁物並に防音防火耐熱材の製造販売業者であり、被告は岩綿製品等を以てする保温工事の請負等を目的とするものであるが、原告は昭和二十八年二月六日被告八戸出張所長神野満より別表〈省略〉記載の通り商品の註文を受けたので、別表記載の通り之に応じ発送引渡を遂げ、其の代金は立替運賃と合せて金弐拾弐万五百四拾四円に達した。被告八戸出張所長神野満は同年三月五日迄に其の支払を約しながら之を履行しなかつたので、原告は屡々請求した結果同人振出に係る(い)金額五万五百四拾四円、(ろ)金額拾万円満期同年五月三十日(は)金額七万円満期同年六月十日と定めた三通の約束手形を受領し、(い)に付いては軈て支払を得たが、(ろ)(は)に付いては依然支払を受けることができない。依つて原告は同年七月二十七日被告本社に対し請求状を発したところ、其の請求状は其の翌二十八日被告に到着した。すると同年八月四日被告の代理人にして其の取締役の一員である上野正秀は被告の従業員館幸平を同伴し原告代理人清水誠造の事務所に来訪し、神野満の営業と被告の業務とは別個であり、被告は同人に被告八戸出張所の商号使用を許容したに過ぎぬ旨申入れた。之に依り原告は初めて被告と神野満との関係を了知したが夫れ迄神野満は被告の八戸出張所長であると信じて居たので、被告は自己の商号を使用し営業を為すことを他人に許したものに外ならぬ故、被告との売買であると誤認して取引した原告に対しては、其の取引より生じた債務に付き其の他人即ち神野満と連帯して弁済の責に任じなければならぬ筋合である。依つて原告は本訴に於て被告より売買残代金拾七万円並に之に対する最後の約定支払期日即ち(は)の満期の翌日以降其の完済に至る迄年六分の割合に依る損害金の支払を求めると陳述し、被告の主張に対し上野正秀の前叙申入が錯誤に出でたとの点を否認し、同人は弁護士として被告会社内に事務所を置くのみならず、其の来訪は原告の請求状到達後一週間を経て居り、其の間被告とは十分連絡のあつたものと見なければならぬ。猶原告は昭和二十八年一月七日本取引に先立ち被告八戸出張所より註文を受けた際、被告に対し電話を以て被告八戸出張所の存否をたしかめた上取引に応じた次第であると述べた。〈立証省略〉

被告は原告の請求を棄却するとの判決を求め、答弁として、原告主張の事実中、原告の業、原告より被告に対し昭和二十八年七月二十七日附請求状の到達したこと、被告代理人上野正秀が同年八月四日原告代理人清水誠造を訪問した際、原告主張の如く申向けたことは認めるが、其の余は争う。被告は岩綿製品の売買業者で保温工事の請負を業とするものではなく、神野満に被告八戸出張所なる商号の使用を許したこともない。仮に原告より其の主張の如き商品が八戸に送付売渡されたとしても、其の取引の相手方は被告には無関係の神野満である。被告代理人上野正秀が原告代理人清水誠造に対し原告主張の如き申入を為したのは、当時上野正秀は被告代表者西山豊太郎とは面接せず入社後日の浅い従業員館幸平より聴取したところを過つて伝へたに過ぎず、其の後被告代表者西山豊太郎とも面接し館幸平は真相を知らず、曩の申入は錯誤に出でたこと判明するに至つた。しかも其の申入を為した際、上野正秀は被告も神野満に対しては売掛代金債権あるに依り、原告と共同して訴及し回収を謀り度き旨意見を申添へた次第であると陳述した。〈立証省略〉

理由

原告が熱及び電気絶縁体並に防音防火耐熱材の製造販売を業とする会社であることに付いては当事者間に争がなく、被告が岩綿製品の売買の外岩綿製品を以てする保温工事の請負を為すことを業務とすることは、甲第六号証の記載、証人神野満の供述、被告代表者本人の訊問の結果に徴し疑を容れぬ。而して証人池田進、小林平八郎神野満の各供述、並に証人池田進小林平八郎の各証言に依り成立を認むべき甲第三号証、証人神野満の証言に依り成立を認むべき甲第一号証の一、二第二号証、第四号証の一、二第八及び第九号証の各記載を綜合すれば、原告は昭和二十八年一月七日被告八戸出張所長と称する神野満より岩綿製品の注文を受けたので、被告に対して八戸出張所の存否をたしかめた上之に応じたところ、其の取引代金に付いては滞なく決裁を見たが、更に同年二月六日同様注文を受けたので之に応じ別表記載の通り被告八戸出張所宛送付売渡し、且運賃を立替へ、其の代金は運賃を含めて金弐拾弐万五百四拾四円となり、一部弁済を受け残金拾七万円に付いては同年五月八日附を以て金額拾万円満期同月三十日、金額七万円満期同年六月十日と記載した約束手形二通を受領し、各満期には弁済を受けることに約定したこと明白で、之に反する証拠はない。依つて進んで被告八戸出張所なる商号は神野満の称したものか、被告より使用を許容せられたものであるかに付き案ずるに、証人神野満、小林平八郎、館幸平の各供述被告代表者本人の訊問の結果、並に前顕甲第一号証の一、二第二号証第八及び第九号証の外被告代表者本人の訊問の結果に徴し成立を認むべき乙第十乃至第十二号証、第八号証の一、乃至三の各記載を綜合すれば、被告は昭和二十六年中東京都豊島区日出町経塚工務所より青森県八戸市所在進駐軍キヤンプ保温工事の下請負を為し、更に之を太陽保温株式会社に下請負させたところ、同会社は社員神野満を現場係員として八戸に派遣したが、被告に於ては現場係員を派遣するに代へ、其の工事の終了に至る迄の間其の工事に関する限り便宜神野満に被告八戸出張所長と称することを許容し、神野満は太陽保温株式会社の従業員でありながら、外部に対しては一面又被告従業員なるかの如く振舞ひ、被告亦之を認容し来つたこと、其の工事は同年十月頃には既に竣工し、昭和二十七年二月には被告と経塚工務所との請負金の支払も完了し、被告と神野満との関係は断絶したにも拘らず、神野満は猶被告八戸出張所の商号を使用して居たが、被告は同年夏之を知るや、其の使用を差止めたけれど神野満は依然其の使用を継続し、被告に於ても亦単に本人に対し差止を命ずる以外には格別の措置を講じなかつたことを窺知するに十分である。従つて神野満は被告より被告八戸出張所の商号使用を許されたにしても其の範囲時期に付いては制限があり、同人が被告八戸出張所長の名に於て原告と取引を開始した昭和二十八年一月には既に使用権限は存しなかつたこと勿論であるけれども、証人池田進、小林平八郎、神野満の各供述甲第五号証の記載を綜合すれば、原告は取引に当り斯る制限乃至商号使用権限の消滅を知らず、却つて原告より取引開始に当り電話を以て被告に対し八戸出張所の存否を照会したところ何人が応答したか迄は明確にし得ないが、被告より仮令真実は問題であつたにせよ、兎に角存在する旨の返事を得、従つて知らざるに付き過失あつたものと為すことはできぬ。証人橋本ヒサ館幸平の各供述中此の点に関する限りは採用しない。其の他本件に現はれた全証拠を綜合しても、原告が神野満に被告八戸出張所の商号を使用する権限のないことを知り、又は過失に依つて之を知らなかつたものと認定するには足りぬ。而して見れば原被告等代理人間に本訴提起の直前如何なる問答があつたにもせよ、又夫れが被告代表者の意嚮を反映して居なかつたにもせよ被告は原告に対し神野満の原告に対する商品代金残額拾七万円並に之に対する弁済期日後の昭和二十八年六月十一日以降其の完済に至る迄年六分の割合に依る遅延損害金に付き神野満と連帯して支払を為すべき義務がある。依つて原告の本訴請求は之を正当として認容し、訴訟費用の負担に付き民事訴訟法第八十九条、仮執行の宣言に付き同法第百九十六条第一項第三項を適用し、主文の通り判決することにした。

(裁判官 藤井経雄)

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